「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・」
ようやく揺れがおさまった。
※あとから聞いた話ですが、揺れは大体30秒くらいで、
揺れのフリ幅は20〜30cmくらいあったそうです。
「た、助かった・・・」コタツの暗闇の中でつぶやく。
おそるおそる頭のほうの布団をはぐってみる。
「ん!?」
出、出れない!
コタツ布団の上に何かがかぶさっていて、
外に出ることができないのだ。
足もとの方はどうだろう?
なにもないようだ。
コタツの中でくるっと周って、
今度は急いで外に出た。
「余震が来る。」
その不安が頭の中によぎったからだ。
コタツの外に出てみると、
頭のほうに圧し掛かっていたのは
冷蔵庫だった。
その右側には電子レンジが口を開いて
ひっくり返っている。
もし、あの時コタツに引っ込まなかったら・・・。
そう思ったらゾッとした。
その寒気といっしょに「みんなは無事か?」
そう思い立ち、部屋を出ようと周りを見渡してみる。
明け方でまだ辺りは暗い。
真っ暗ではなく、薄暗かった。
よく目を凝らして周りを見渡してみると、
なんと!部屋の土壁が崩れ落ち、
隣の部屋とつながっているではないか!
「みんな無事か〜!!」「お〜。どうなっとんや〜!」
「生きとるか〜!」
「生きとるで〜!」
みんなの声が聞こえる。
二階の部屋は4部屋あり、そのすべての部屋が
角から角まで壁が崩れてつながっていた。
僕の部屋からは、外側の壁にも
いろんな隙間ができていて、
明け方の景色がとぎれとぎれに見えていた。
「余震が来るかも知れんから、みんな外にでよう。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この時は、まさか、阪神淡路地区の広い範囲で
こんな大地震が起こったなんて思っていません。
僕らの住んでいるあたりだけ被災したと思っていた。
これは、親が心配するだろうから電話をしておこう。
そう思い、外に出る前に広島の実家に電話した。
僕「もしもし、今、こっちでかなりの地震が
起きたんじゃけど、大丈夫だから。そっちは揺れた?」
母「そうなん。こっちはぜんぜんよ。わかったから、うん。切」
母は寝ぼけていて、こっちの様子なんか分かるはず
がなく、平然と聞き流して電話を切ってしまった。
※この電話を最後に、それ以降、電話がぜんぜん
繋がらなくなり、3日くらいどこにも連絡できなかった。
もちろん携帯なんかもっていない時代。
後に、この一本の電話を掛けたことで、
どれだけ安心したか、と両親にとても感謝された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
みんなで外に出た。
辺りは、薄暗く、無論停電状態。
車も走ってないし、電球の灯りひとつない。
不気味なほどの暗闇と静寂は、
僕らの不安を煽り立てた。
<つづく>
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タグ : 阪神淡路大震災 体験談