みなさん、こんばんわ!
今日は、僕が石屋になった経緯について
書いてみようと思います。
この仕事は俗に、「石屋」とか「石材店」とか
「墓屋」とか言われます。
正直、この仕事を始めた当初は
あんまりよく思っていませんでした。
「どうして俺は「墓屋」なんだ??」
いろいろ葛藤もありました。
なんせ私自身、以前は全く正反対の仕事ばかり
していたんですから・・・。
石屋とは思えない、ビックリするような経歴です。
簡単に箇条書きにしてみるとこんな感じです。
・広島の高校から神戸の大学へ進学。
・卒業旅行で初の海外旅行へ。せっかく行くんならと
一生懸命バイトして、100万貯める。
バックパッカーで80日間世界一周の旅へ。
(当時は世界一周のチケットが13万6千円でした)
・帰国後、東京・渋谷にあった四季の旅社へ就職。
そこで2年間、バリ担当を勤める。
・ひょんなことからフィジーの現地会社の社長に
ヘッドハンティングされ、転職を決意。
2年間、日本を離れ南半球の笑顔の楽園で過ごす。
・その頃、広島で親父が石材店で頑張っていることを知る。
・帰国後、ず〜っと憧れだったTV業界へ挑戦。
東京・赤坂にある制作会社でADとして再出発。
が、手取り14万の収入の生活の中、
全ての貯金を使い果たし、どん底の生活に・・・。
・あまりの貧乏生活と先の見えない不安定な生活に
ディレクターになる夢をあきらめる。
・一念発起、お金を稼ぐ為、たまたま求人をしていた
石材業界最大手「N石材」へ入社。
この時は三徳を継ぐ為とかではなく、とにかくお金を
稼ぎたい!というだけの動機だった。それが、たまたま
父の興した業種と一緒だったという訳です・・・。
・N石材の営業マンとして激烈な日々を送る。
運よく1年目で課長、2年で次長とスピード昇進。
たくさんの素晴らしい上司に恵まれ、この時、
はじめて自分自身が120%開花したのを実感した。
最高の経験をさせてもらい、今でもN石材の皆さん
には本当に感謝しています。休みはほとんどなく、
夜も遅かったけど、本当に充実した3年間を過ごした。
・フィジーにいた頃から付き合っていた今の嫁との
結婚を機に、広島へ帰ることを決意。
家族との生活を考えたことと、自分の力を
試してみたかったことが、決断の決め手だった。
・東京を発つその日、成田から嫁と二人で
新婚旅行として二度目の世界一周旅行へ。
4ヶ月間二人でバックパッカーとして放浪の旅を
満喫した。
・帰国後成田から、そのまま広島へ帰郷。
それが3年前の7月の頃でした。そして現在に至る。
・・・と、まあ、これまで自分の人生を振り返ってみると、
いろんなことを思い出しますね・・・。
やりたいことたくさんやってきました。
でも、なるべくして、今ここにいるのかなって、
そう思います。
「お墓は幸せのシンボル」ってある人が言っていました。
この言葉、今ならなんとなく分かる気がします。
お墓の仕事に携わってからはや6年・・・。
この仕事は僕の「天職」であり、
「聖職」だと、私は思っています。
だからこそ、もっともっと
ここで頑張っていかなければ!
そう、いつもそう思って仕事をしています。
「お墓は幸せのシンボル」。
じゃあの。
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そうだったんだ
経歴。
世界一周二回もしたのね!いいな。
いろんなことをがんばって、今の幸せな生活を
手に入れてるんだね。
これからも、がんばってね!
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